Poem Diary

2021年10月26日

心の影

スペードは兵士の剣
黒いハートは「死と悲しみ」
青いハートは「ゆるぎない愛」だ
死と悲しみと安堵
悲しいけれど
痛みや苦しみから解放されるのさ
根が地面についてない
まるで俺のことさ
そうだろ、マチルダ
いいえ、あなたは私の先生
私の望みはそう
あいつの転がってるブタの死体よ
あの青い空のむこうには「死」が広がってる
やがて俺たちも、そっちへ行く
荒れ果てた荒野
甲冑を着た死神の掲げる漆黒の旗
終焉と再生の印



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2021年10月21日

⑭ ある牧師の話

彼女は新潟の大きな農家の長女として生を得ました。
いわゆる地主として、広い農地と小作人がいて、
裕福だったそうです。
「ほかの内は真っ白なご飯なんて、
そんなに食べられなかったけれど、
うちはいつでも食べられたのよ。」
兄が二人と妹がいましたが、 長男は太平洋戦争で出征し、
帰郷はならなかったようです。
「当時はね、優秀な長男はみんな戦争でとられてね。
残ったのはろくなもんじゃない。」とよく愚痴っておりました。
父は、家長として厳格な人で、
ときには優しく思いやりのある人だったそうです。
「私は、父に連れられていろんな所へ行きましたよ。
妹はそういう記憶がないそうですが、
わたしは本当に父の仕事やら、付き合いやら、
いろんなところを見てまわったもんです。」



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2021年09月21日

⑯ アフリカの若き殉教者の言葉(The words of a young African martyr)

私は行く。同行者は少なくとも、案内人は信頼できる。
私は誇り高き交わりに加わっている。
さいは投げられた。
もう後へは引けない。
私は一歩踏み出したのだ。
心は決まった。
私はイエス・キリストの弟子になるのだ。
私はもう振り向かない。
力を抜かない。
歩みを遅くしない。
後へ引かない。
じっと立ち止まることもしない。
私の過去はあがなわれた。
私の現在には意味があり、
私の未来は保障されている。
程度の低い妥協的な生き方はもうやめた。
見えるものに頼る生き方、
すべすべのひざ、
色あせた夢、
鎖のついたビジョン、
この世的な話、
安っぽい施し、
ゆがめられたゴール・・・・。
私の目は向くべきところに向いている。
私の足取りは軽い。
ゴールは天国にある。
道は狭く、険しい。
同行者は少なくとも、
案内人は信頼できる。
私の成すべき仕事は明らかである。
私はあきらめない。
黙らない。
力を抜かない。
イエスのために生き続ける。
祈りつくす。
犠牲を払い切るまでは。
私は行かなければならない、
主が来られるまで。
ささげなければならない、
倒れるまで。
伝えなければならない、
すべての人が知るまで。
働かなければならない、
主が私を止められるまで。
そして、主が来られるとき、
私を探しだすのに苦労はしないだろう。
私の旗印は明らかだから。

I go. The companion is at least reliable in the guide.
I am participating in a proud fellowship.
Sai was thrown.
I can't go back anymore.
I have taken a step forward.
My heart was decided.
I will be a disciple of Jesus Christ.
I don't turn around anymore.
Do not relax.
Don't slow down.
Don't pull back.
I don't even stop.
My past has been redeemed.
It makes sense for me now
My future is guaranteed.
I've stopped the low-level, compromised way of life.
A way of life that relies on what you see
Smooth knees,
Faded dream,
Vision with chains,
This worldly story,
Cheesy alms,
Distorted goal ...
My eyes are on where they should be.
My gait is light.
The goal is in heaven.
The road is narrow and steep.
At least the companion
The guide is reliable.
The work I have to do is clear.
I will not give up.
Don't shut up.
Do not relax.
Stay alive for Jesus.
I pray.
Until the sacrifice is paid off.
I have to go,
Until the Lord comes.
Must be offered,
Until it collapses.
I have to tell you
Until everyone knows.
I have to work,
Until the Lord stops me.
And when the Lord comes
You won't have a hard time finding me.
Because my flag is clear.


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⑮ 私のキリスト信仰について

 私に本当の信仰があるのかどうか。
お金のことや、
名誉や欲が、信仰心の前を行く。
自分が偽善者であることは間違いない。
クリスチャンとして、恥も外聞もなく洗礼を受けて、
地獄の精神生活から救われたと思った自分。
そして確かに間違いなく、平安は訪れ、
葛藤地獄から自分は救われた。
自分の前から忽然と消えた元妻のことを思い出す。
消えてから、元妻と顔を合わせることはその後
なかったが、弁護士を通じて裁判所で約一年間争った。
そして得たものは高い慰謝料のつけと、際限のない
葛藤地獄。そして母の死。
それから教会で救われて、
韓国人の母と子供に出会えたこと。
人生は本当に不思議だ。主イエスに洗い清めて頂いた
自分の生命。今は、聖書を通して、祈ること、喜ぶこと、
感謝することを学んだ。
その新たな命の中で、
何かどろどろした欲望・野心が渦巻いている。
偽善者の自分をお許しください、主イエス。
借りは返します、きっと。


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⑬ 自分の立ち位置(キリスト教へ/2014)

信仰者として認めてもらえるならば、その必然性が
確かにありました。遊び呆けていた学生時代に、
接触のあった創価学会という世界で、5年ほど、
その教義と友達と、勤行のすばらしい力や、
組織の矛盾を経験し、
最終的に結婚を機に、
いや結婚のために、
学会との繋がりを断ったわけですが。
 それから、結婚と離婚、離婚調停、母の死。
そして、キリスト教に求めた救いです。
今の自分にとっての義務は、聖書から読み取れる
ように、キリストの福音を述べ伝えなさいという
主イエスからのメッセージです。
これが信仰の縛りでもあり、人々を救う
手段でも
あり、自分にとっての喜びにも結び付いていると
思われます。
 ただし、自分の生き様は、矛盾と偽善に満ちている
ことは、明白な限りです。


christ7lola at 09:32コメント(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

⑫ マタイ 25章から(2014.11.23)

 難しいことはなにもないと牧師は言います。
十字架の救いに対して、感謝と感動を持っているか。
(十字架の救いとは、イエスキリストが私たちの罪の救いの
ために、十字架に掛かってくれたこと。)
私のような、ばかで性悪な者を、本気で愛してくれているのが
分かるから、嬉しくてしょうがないと続けます。
「すると、王は彼らに答えて言います。
「まことにおまえたちに告げます。おまえたちが、
この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、
わたしにしなかったのです。」」(マタイ25:45)
救えるのに救わないこと。簡単なことを怠って、救いの手を
控えていること、
最も小さい者にしないことは、主イエスにしないことと
同じだと言っています。
そして、この罪は永遠の刑罰につながることだというのです。
価値のあることをしましょう。価値のないことにいつまでも
捉われていないで、本当の価値を見つけて下さい。
私に本当の価値が見つけられるのだろうか。
このことは、いわば最終ステップだと考えている。
その前に大切なこと、それは、
お従いする者になることだと牧師は教える。
お従いするとは、聖書のおしえに従って生きることである。
このこともまあ、ちょっとやそっとでできることではない。
そう考えると、永遠の命を頂くということは、第一ステップで
行ったり来たりしている身として、
ゴールをめざすためには、大いなる意味を持つという他はない。
先が楽しみということだ。


christ7lola at 09:29コメント(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

⑪ マタイ 27:51~61 御主の贖い

「すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。」(27:51)
主イエスが息を引き取られた時、天と地は揺れ動き裂け、驚愕の姿をあらわした。
夕方になって、イエスの弟子ヨセフが、イエスのからだの下げ渡しを許され、岩を掘って造られた墓にイエスのからだを納めた。そして、大きな石を墓の入口にころがしかけて帰った。
祭司長、パリサイ人たちは、イエスが3月の後よみがえると言っていたので、墓から弟子たちがその遺体を盗み出して、イエスがよみがえったと言ってまわるのではないかと勘ぐり、番兵たちに墓の番をしてもらうよう、ピラトに進言した。そこで、番兵たちは行って石に封印をし、墓の番をした。
イエスの復活!
「多くの聖徒がイエスの復活と共によみがえったように、あなたも、墓から出て聖都にはいり、多くの人の前にその姿を現すこともできますよ!」・・と牧師。
聖書に書かれているように実行してみたら、その多くの望みはきっとかないます、と牧師は続ける。
神様は何でもなさる方、信じて神様一番の生活を!聖書に従った生き方をしなさい。
私は・・あなたももちろん、本来地獄へ行くべき者。
クリスチャンになったから清くなる・・・そんなふうに思ったら大間違い。
誰のおかげで救われたのか良く考えてごらんなさい。
・・・主イエス様、あなたの十字架に感謝します。・・・アーメン。


christ7lola at 09:27コメント(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

⑩ マタイ 27:1~10 売られた主イエス

 それで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。そして、外に出て行って
首を吊った。祭司長たちは銀貨を取って、「これを神殿の金庫に入れるのは
よくない。血の代価だから。」と言った。(27:5~6)
 私の代わりに罰を受け、その罪を許すために十字架に掛けられた。手と足
に打たれた5寸釘は、彼の体重によって、その肉を引き裂いた。
あなたの信仰、あなたの真実は、この苦しみ、死の刑罰を受ける覚悟が
あるか?あなたはなめている、神を、主イエスの血潮を。「我、たえて汝らを
知らず。」最後の審判の日、偽善者に対して下される神の言葉。
 そして、永遠の燃える炉の火に投げ込まれるか?口先で主イエスのみことば
に従ったふりをするか。福音を伝え、実を結んで、喜びと感謝の果実をその手に
受け取るのか。それは、クリスチャンである、あなた次第です。
 「そのとき、預言者エレミヤを通して言われたことが成就した。」(27:9)
イエス様のみ足に沿って歩くことを覚えなさい。」(牧師のことば)


christ7lola at 09:25コメント(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

⑨ マタイ20:29~34  こころの盲を癒される方

 主は、立ち止まって2人の盲いを憐れみ、彼らの目に触られた。
するとすぐさま、彼らは見えるようになった。
私たち、いや私も盲いであって、どうか、主イエスにより頼み、
願って目を開いて頂けるようにして下さい。
 主イエスの業と力は、本当に本当のことでした。
それは今も変わりありません。
 主イエスは、福音を伝えなさいと命じられました。
 私たちは、その福音を伝え、そのことによって人々を救いに導き、そして、わたしたち自身が大きな恵みを手にすることができる。
このことは、真理であって、奥義です。
 私たち(私)はすでに、キリストを信じることによって、救われ、
新しい命を与えられましたが、更に大きな輝きを得ることが
できるということです。
私の魂は、それを真理であると感じています。
 科学は真理をつかみ取ることはできないと思います。
どこまで自然の摂理を解き明かしていこうと、
その奥に立ちはだかる壁を打ち破ることはできないでしょう。
主イエスの真理は、すべてを凌駕するということを、
いずれ、すべての人が知ることになると思います。


christ7lola at 09:22コメント(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

⑧ マタイ26:57~68

 裏切りによって、ついにその時はきた。イエスは大祭司カヤパのもとに
引き出された。祭司長らと全議会は、イエスを死刑にする為に、
偽証を集めようとした。最後に呼ばれた証人がこう言う。 
 「この人は、「わたしは神の神殿を壊して、それを3日のうちに建て直せる。
」と言いました。」 これは、主イエスが十字架につけられ、3日目に
復活する、そのことを意味しているのだが、知るべくもない。
 「人間は、傲慢になると目が見えなくなってしまう。傲慢になると本当に
恐ろしい。」と牧師。たくさんの偽証者、大祭司らのねたみ、
そねみや憎しみの中、主イエスの言葉、「あなたの言うとおりです。
なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、
力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見る
ことになります。」(26:64) 
 彼らは、イエスにつばきをかけ、殴りつけ、また平手で打った。
不信仰者の私は、主イエスの神のみわざに疑問を持ち、傲慢になる。
こんなに生き生きと、希望のうちに自分の力で生きているぞと。
 けれど、このまま傲慢で不信仰で、自尊心に満ち、結果がついて
来れば良いが、世の中、甘くはない。
 夢破れ、倒れた時に、誰が救ってくれるだろう。癒してくれるだろう。
過去の自分を忘れている。喉元すぎれば何とやらだ。
悪い意味で楽天家なのだ


christ7lola at 09:20コメント(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
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